〔ニューヨーク〕 早く効率良く患者を職場へ復帰させ,高価な磁気共鳴画像法(MRI)をほとんど使用しない腰痛の診断・治療法を想像できるだろうか。それは,診断と治療の焦点を筋肉自体に置く腰痛へのアプローチである。レノックスヒル病院内科・精神科疼痛治療部門および同病院ニューヨーク疼痛治療プログラムのNorman J. Marcus部長は,数十年にわたってそのような方法を実行し,普及を推進してきた。先ごろ米国疼痛医学会はその業績をたたえ,同部長を同学会の会長に任じた。
軽視されてきた筋肉
Marcus部長は「筋肉は疼痛の直接の発生源ではなく他の部位に存在する病理を反映するにすぎない,と考えられることが多い。筋肉を使う運動療法も,大部分が筋肉自体ではなく骨格や脊髄および神経根にインパクトを与えることを目的としている。しかし,これまでに良い転帰をもたらしてきたのは,体幹の特定の筋肉の障害や緊張に直接働きかける治療法だ。患者の大部分では,腰痛のおもな原因は筋肉の障害や緊張である」と述べた。
同部長は「疼痛の医学的管理において筋肉系の重要性が軽視されているのは,医師が大学で学ぶ内容に関係があるようだ。基礎解剖学が終わると,疼痛の診断および治療に関する教育に筋肉はほとんど出てこない。つまり,われわれは診断アルゴリズムにおいて全身の70%を無視しているのだ」と述べた。
同部長は「この無視には深い意味がある。これが身体の内部(骨格,神経など)の像を明確に映し出せるようになったのと同時に出てきたからである。われわれは,内部にあるものを見ることによって症状の源が分かると信じてしまった。この顕著な例が腰部MRI検査の施行または乱用で,大規模大学病院の神経放射線科では腰部MRIの10例中 9 例を異常と判定しているところもある。脊椎のMRI像が理想的な形をしている患者はほとんどいない。全く無症状の患者にMRIで椎間板ヘルニアなどの重篤な異常が見つかることも,多くの試験で示されている。これに加えて,筋肉に関する診断が行われないため,腰痛の原因として骨格や中枢神経軸を指摘する情報ばかりとなり,その結果,真の原因である筋肉痛が見過ごされて多くの的外れの治療が行われている」と説明した。
筋肉に4つの原因
ニューヨーク疼痛治療プログラムで提唱されている腰痛へのアプローチには,疼痛の主要原因としての筋肉の診断と治療が含まれている。患者の評価は,基本的な躯幹筋の強さと柔軟性を検査するクラウス・ウェーバー試験と,おもな筋群の触診によって行う。
Marcus部長は「われわれのプロトコールでは筋肉痛に 4 つの原因があるとしている。第 1 は緊張,第 2 は筋力低下と硬直という障害であり,第 3 は痙縮,すなわち運動制限や疼痛を引き起こす不随意収縮,第 4 はトリガーポイント,すなわち遠隔部位に放散する疼痛が頻繁に起こる患者に必ず見つかる筋肉内の圧痛点である。この疼痛はしばしば神経根痛と誤診され,その結果,不必要な外科手術,神経ブロックやMRIの施行を招いている。最も重要なのは,これら 4 型がすべて合併している症例があるのを認識することであり,筋膜疼痛イコールトリガーポイントと考えるのは間違いである」と述べた。各診断に対して非常に特異性の高い治療プロトコールがついている。
同部長らによる医師向けの腰痛セミナーは英国と米国で実施されている。同部長の患者であった英国の医師がこの腰痛診断・治療法を持ち帰り,プリンセスマーガレット病院の院長に紹介したことから,同病院に腰痛診断・治療センターが開設されたほか,他の病院40施設でも同様のセンターの開設が計画されている。
用語の統一が必要
Marcus部長は,外科手術や神経ブロックが適応の症例にはそれらを施行すべきだとしている。同部長は「どの患者がどの治療法によって恩恵を受けるかを判定するうえでの問題点は,疼痛の診断・治療用語が統一されていないことである。適切な治療法の選択には共通の言語が必要である」と述べた。同部長は,米国疼痛医学会の転帰評価法統一委員会(UOMC)の委員長である。同委員会は 6 年をかけて標準的転帰評価法を開発,この評価法は現在50以上の医療センターで100名以上の医師によって使用されており,3,500例以上の患者のデータが収集されている。
同部長は「もし,異なった教育を受けた医師が,同種の症状に対して異なった評価基準を用い,異なった診断を行うならば,転帰を正確に評価することはできない。統一的な身体検査法と患者の機能に関するデータの標準的報告法がなければ,治療法の成否を正しく評価することは不可能である。診断と治療の焦点を筋肉に置いた結果,患者の多くは転帰が大きく改善した。なかには30年続いていた疼痛から解放された患者もいる」と述べた。